佐々木接骨院、院長の佐々木です。

 

本格的な秋になってきましたね。

 

スポーツの秋という事で、コロナ禍ですがトレーナー先の愛知ゴールデンウィングスも明日、シーズンが開幕します。

 

残念ながらラグビースクールの大会は中止。

 

大会で対戦する可能性のあったチームとワンマッチの試合を組んでくれるそうなので、その時は思う存分、頑張って欲しいです。

 

今回のブログのテーマは以前、書こうと思ってやめてしまった記事です。

 

ここ最近、再び思う事があり、自分の決意表明のつもりで書かして頂きました。

 

異論、反論があるとは思いますが、一つの意見として読んでもらえれば幸いです。

 

 

勉強のため

 

僕はボランティアで幾つかのチームにトレーナーとして帯同していた期間がかなり長くありました。

 

バスケット、アメフトと違う競技のスポーツで、およそ7年間くらいです。

 

現場に出て経験を積んで勉強したい。

 

こんな思いがあり、時間の許す限り、家族との時間や休日のプライベートの時間も削って出来るだけ参加していました。

 

勿論、ボランティアなので報酬はゼロ。

 

交通費も出ず、たまにお弁当が支給されるくらいでした。

 

 

意識の変化

 

トレーナー先では自分のスキルや知見を惜しまず注いで活動していました。

 

治療器を持ち込んでのケア。

 

運動スキルのセミナー。

 

トレーニング指導。

 

「やってもらっていいですか」

 

と言う簡単な声掛けにも応じて、何百万もする治療器を往復40分掛けて取りに返ったり、10万以上するセミナー内容を何時間もかけて伝えたりしました。

 

「力になれるなら」 「勉強のため」

 

と思ってやってきましたが、だんだん

 

「これってボランティアでする事?」

 

と疑問が湧いてきました。

 

資格を取って仕事をして、セミナーや新たな資格を取得するのに費やした時間や労力はかなりの量になります。

 

金額で言ったら8ケタに届くくらいの額。

 

それが無報酬? ボランティア?

 

見返りを求めてはいけない。 自分がやりたいと言ったんじゃないか。

 

こんな思いとせめぎあいながら悩んでいる時に、こんな記事に出合ったんです。

 

 

プロの意識

 

それはこの記事

タダで仕事をしない意義とその理由。悪気のない無礼にご用心!

いつも勉強させて頂いている弘田さんが、プロとしてのスタンスを現場の実際の話を交えて話してくれています。

 

プロとしていい加減な仕事は出来ない、と言う意見はとても納得出来、僕もボランティアとは言え全く手抜きはせずに行ってきました。

 

まあ、こんなもんでいいだろう、とは自分の仕事に対して思えないんですね。

 

どんな仕事でもプロの方は仕事を前にしたら最善なものにしないといけない、と思うのがもう習性として身についてしまっています。

 

プロの料理人がマズいもの作りませんよね?

 

選手や患者さんを診させてもらい、精いっぱいの事をやりたいし、やってしまうわけです。

 

それでも無報酬。

 

いや、これで人の役に立っているんだ、助けになっているんだ、と言い聞かせても手元に残るものは何もなし。

 

現実を人助けと言う大義で覆っている自分に疲弊していた時、この記事を読んで、

 

「疑問に思っているのは自分だけじゃないんだ」と納得できた気持ちになりました。

 

 

後進のため

 

記事内で弘田さんも言われていますが、一度前例を作ってしまうと、その後もずっとその状態が続くでしょう。

 

僕がボランティアをしたチームも、トレーナーはボランティアで受けるもの、と認識してしまい新たなボランティアを探すようになるかもしれません。

 

そうなると、これからトレーナーと言う仕事を目指す若い世代の働き口を狭めてしまっている事になります。

 

こんな気持ちを一人で抱えながら悩んでいた時期にこんな記事に出会いました。

「日本で働くアスレティックトレーナーの勤務実態:日本教育 VS 米国教育に見る違い」

 

アメリカでアスレティックトレーナーの資格を取り、教育者として活動された後、帰国されて現在では帝京大学で教鞭をとられている阿部さゆりさんの記事です。

 

この中の一文、

 

私はアメリカで幾度となく、様々な指導者やメンターから「下積みだから、若いからという理由で安い給与の仕事に飛びつくな。その職はこの業界全てを侮辱しうるもので、貴方がその仕事を取ることによって職業全体の価値が下がってしまうかもしれない可能性を十分に考えろ」と教えられてきました。そして同じことを学生に伝え続けてきました。自分の仕事の価値を、自分が信じているなら、それに見合わない仕事は取ったらあかんよってことですね。」

 

この一文にどれだけ勇気づけられたことか。

 

読みながら、「そうなんだよな~」 と呟いたのを憶えています。

 

確かにインターンとしての勉強のための現場活動は存在します。

 

しかし、勉強のため、経験のため、肩書のため(笑)、ボランティア活動を続けてしまうと、業界の未来は明るくなりません。

 

そんな思いもあって、いっさいのボランティア活動を終了しました。

 

長年続いて帯同したチームもあります。

 

心のどこかで、「正式に契約してくれたら」 と淡い期待を抱いていましたが、それではありがとうございました、と終了となり、淡い期待は砕け散りました(笑)

 

今までいろんな経験をさせて頂き、感謝の気持ちでいっぱいでしたが、「そこまで必要とされる存在にはなれなかったんだな」と寂しい気持ちが少しあったのも事実。

 

必要とされるには、と自問自答してしばらく悶々とした日が続きました。

 

 

欲しいものは

 

プロに頼んだらやはり、報酬が発生するのが当然だと思うのです。

 

金か、と思われるかもしれませんね。

 

はい、金です(笑)

 

最近読んだ、ギブアンドテイクと言う本。

 

成功するにはギバーになる、与える人になるのが重要と沢山の研究をもとに書かれています。

 

しかし、ギバーでも自己犠牲を伴ってしまうと疲弊するだけで、成功には程遠くなるとも書かれています。

 

僕も家族やプライベートの時間を犠牲にして、ボランティア活動を行ってきました。

 

しかし、これ本当に疲れるんです。

 

「ありがとうございました、助かりました」

 

と言う言葉ではこの疲労は解消出来ないんです。

 

プロが行う活動には報酬が伴うのが当然だと思います。

 

こういったスタンスはまだ受け入れられないこともあるかもしれません。

 

ケチ臭い、めんどくさい、偉そうに。

 

そんな声が聞こえて来そうですが、そう思われる方はボランティア、タダで引き受けてくれる人を探してください。

 

はっきり言ってこういったスタンスは誤解を生みます。

 

上記のような思いを持って、僕を良く思わない人もいるでしょう。

 

実際にあるチームでは、僕のこういったスタンスに対して、

 

「もう怪我人は見たくないんですね」

 

と確認されました💦

 

勿論、不測の事態やケガで言えば骨折や脱臼に出くわしたら必要な処置は医療人として行います。 柔道整復師ですから。

 

しかし、何でもタダで診てもらおう、と言う考えはちょっと違うと思うんですよね。

 

チームとしてしっかりと契約して、診てもらう。 

 

と言うのが最良であり、当然の事と思うんです。

 

自己犠牲を伴う事が当然になり、それを周りも気づいてあげなければ、日本でのこの業界はなかなか広がってくれないのではないかと思います。

 

まとめ

 

とりとめのない記事になってしまいましたが、自分の気持ちを何とか伝えられたらと思い、書かせて頂きました。

 

これからは正式なオファーをたくさん受けられるよう、自己研鑽を続けていこうと思います。

 

今までで一番の難産だったこの記事(笑)

 

引用を承諾してくださった弘田雄士さん、阿部さゆりさんに心から感謝いたします。 

ありがとうございました。

 

弘田さんは素敵な本も出版されています。

ケツを鍛えたい方は是非どうぞ!!

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