院長プロフィール

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院長 佐々木紀明 プロフィール

昭和46年11月7日生まれ 蠍座 O型

平成元年 豊橋西高等学校卒業
平成6年 横浜商科大学 商学部 商学科卒業
平成15年 中和医療専門学校 柔道整復科卒業

【保有資格】
・柔道整復師
NSCA-CSCS
 (全米公認ストレングス&コンディショニングスペシャリスト)
 実技検定レベル1認定
ムーブメントファンダメンタルズ修了
PRIマイオキネマティック・リストレーション修了
DNSエクササイズコース・パート1終了

【主な競技歴】
陸上、野球、アメリカンフットボール

トレーナー活動

海陽中等教育学校アメリカンフットボール部ブルーストーム(2012~現在)

社会人アメリカンフットボールXリーグDivisionⅢ愛知ゴールデンウイングス(2012~現在)

愛知大学アメリカンフットボール部ハーキュリーズ(2019~現在)

MY STORY

「やんちゃ坊主の小学生時代」

元々やんちゃな性格だった僕は、小学校時代はやりたい放題。

リアルジャイアンを地で行くような子供で、周りを従えて学校を闊歩するガキ大将でした。

そんな僕は小学校の4年生の時、当時のクラスメイトから総スカンを受けます。 

誰も話してくれない、相手をしてくれない毎日。

それからは人と付き合うと、また、嫌われるのではないか、離れて行ってしまうのではないか、という恐怖感が常にあり、人に嫌われないように怯えて過ごしていました。

中学、高校と進学し新しい友達も出来て楽しく過ごしていましたが、なんとなく怖さ、が付き纏っていました。
しかし、大きな転機が訪れました。それは大学に入ってからのことです。

本当に好きなものとの出会い

大学に入って以前から漠然とかっこいいなぁなんて思っていたアメリカンフットボ―ル部がある事を知り、すぐに入部しました。しかし、練習は過酷で毎日ついていくのが精一杯でしたが、今まで甘えきっていた僕はここで性根から徹底的に叩き直されました。

(1年時の夏合宿。中列右から二人目が僕です。ホントに辛かった…。)

2年生になり、少しだけ余裕も出来てきたある日、アパートのベッドの上でアサイメント(アメフトでは作戦のことをこう呼びます)を考えていました。
すると、

「あれ?俺、楽しんでる!」

と感じたのです。
始めたころは、とにかく辛かっただけのアメフトを楽しめている自分に気づいた瞬間でした。
とても不思議な感覚で、それは他のスポーツでは感じられなかった感覚でした。それからは人が変わったようにアメフトにのめり込んでいき、周りからも評価されるようになりました。

諦めたら終わり

4年時には主将を任されるようになり、意気込んでシーズンインしました。
しかし、春シーズンの試合中に足元にブロックを受けた僕は右膝に今までにない感覚を覚えました。痛みはさほど無かったので、プレーに戻ろうとすると、

「カクン!」

右膝に力が入らずそのままフィールドに崩れ落ちました。その日の夜は痛みで悶絶し、翌日整形外科を受診しました。

「前十字靭帯断裂」

前十字靭帯の付着部の骨が一緒にはがれる剥離骨折を伴うものでした。

すぐに手術を勧められました。手術をすると復帰までは通常10カ月はかかると言われています。最終学年の春で早くもシーズンアウトという現実が受け入れられず、それから数日間呆然と過ごしてしていました。

ある日、心配した兄が知り合いがやっている治療院を紹介してくれました。なんと、その先生の診察ではシーズン中に復帰できるというのです。間に合うかもしれないという希望を与えられ、それから治療とリハビリに没頭します。
そして根気よく続けているうちに、夏合宿が終わるころにはだいぶ走れるようになっていました。

ダッシュ、大丈夫。

防具をつけて当たる、大丈夫。

タックル、大丈夫。

徐々に練習に復帰し、秋のリーグ戦にも間に合い、最終戦の上位リーグとの入れ替え戦までフル出場することができました。
しかし、試合には出れたものの、靭帯は切れたままと思っていて、シーズン終了後の手術を覚悟していました。また同じ整形外科に行き、独断で手術をやめてしまったことを謝罪して、再度右膝の状態を診てもらいました。

先生、「きちんとくっついてるね、まれにあるよ」

僕、「えっ!?。」

予想外の言葉を聞いて僕は唖然としてしまいました。
先生も驚いたようですが、僕自身もとても驚きました。
もう治っていたんです。
それから20年近くプレーしましたが、再度右膝に痛みが出ることはありませんでした。

諦めたら、終わり。

あそこで手術を受けていたら、主将として迎えた最後のリーグ戦はすべてサイドラインで過ごしていたでしょう。
しかし、できると信じて、やるべきことをコツコツ続けることで奇跡を起こすことができ、それを体験できたのは僕にとって、とても大きな財産になりました。

柔道整復師になる為に

大学卒業後はアルバイトをしながら憧れていたトップリーグでアメフトをやるためにプレーを続けていました。
トレーナーを目指そうと考えたのですが、日本ではトレーナーの国家資格は存在しないことを知り、治療院の先生の影響から柔道整復師を目指すことにしました。それから、2年間アルバイトで学費を貯めて、専門学校の夜間部に入学。

平日は朝から昼までアルバイトをし、それから1時間半かけて専門学校に通い勉強して夜の11時に帰宅。日曜日は社会人アメフトの練習や試合となかなか忙しい毎日でしたが、級友にも恵まれ、国家試験も一発合格しました。
アメフトの方も大学最下部リーグ出身の僕が、最後は社会人トップリーグまで経験することができて充実した選手生活を送る事が出来ました。

接骨院、整形外科勤務時代

11年間、開業までに接骨院と整形外科での勤務を経験しました。どの勤務先も勉強になることが多く、いろいろな経験をさせてもらいました。整形外科勤務時代は足首の捻挫のリハビリを専門で担当させてもらえ、様々なケースを体験しました。

自分の施術で良くなっていく患者さんや、あまり変わらない患者さんを目の当たりにして、改めてこの仕事に対するやりがいや自分の力のなさを痛感し、様々なセミナーを受講していろいろな勉強会にも参加しました。

実家で開業

田原市で接骨院の分院長をやらせてもらっていた僕は開業を考えていました。店舗を探したり、治療器の選定をしたりと動いていると兄から実家の写真館で開業しないかという相談を受けました。
市内では開けた場所なので悪くはないのですが、いろいろな手続きを終え開業するにはあと4年ほど掛かるとのことでした。
迷いました。しかし、僕も住み慣れた場所で開業し子供も育てられるならと遅らせることを決断し、その4年間に新たな資格も取得しました。
そして、平成26年にたくさんの人にお世話になり、豊橋市札木町の実家にて家業の写真スタジオに併設する形で、佐々木接骨院を開業することができました。
アメリカンフットボールは高校生と社会人チームにトレーナーとして携わり、こちらも日々勉強させてもらっています。

院の理念

諦めるなんていつから身についてしまったのでしょうか。大人になる過程で様々な経験をして、自分の限界を知り、自らに言い聞かせる、どうせこんなもんだと。

人間は本来、諦める心なんて持ち合わせてないはず。赤ちゃんはミルクをもらえるまで泣き続けます。今は無理みたいだから諦める、なんてことはしません。生きるために必死になって泣き叫ぶのです。

1%でも可能性があるのなら、心の中で大声で叫びましょう「必ず治る!」と。

諦めたら終わりです。

僕はここにいます。

佐々木接骨院はここにあります。

僕はあなたの可能性を信じています。

お気軽にお問い合わせください TEL 0532-39-7422 受付時間 平日8:30~12:00 16:00~20:00
土曜8:30~14:00 休診日/日曜祝日
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